航空防除
毎晩毎晩、尿意を催すと、私は下駄を履き、外に出て立ち小便をする。
一歩、外に出ると、無数の虫の音、数種類の蛙の輪唱、森の彼方からは断末魔じみたキョンの叫び、思慮深げに月に呼びかけるふくろうの声…、それら無数のサウンドが、見えない波のように押し寄せて、まるで浜辺の砂に吸い込まれていくように、私の鼓膜を煩わすことなく消えていく。
心地よい自然の「静寂」。
見上げると、そこにあるのは夜空ではない。なんの仕切りも境界もなく、頭のすぐ上に広がる宇宙空間。空気があって呼吸できるのが不思議なくらい。
星でぼんやりと白く煙る、真空でエネルギーの奔流に満ちた「暗闇」。
ぼーっと見上げていると、目が回ってきて、そのまま無重力状態になりそうだ。
音に包まれた静寂と光に満ちた暗闇があって、一人なのに何かに見守られているような安心感がそこにある。
バカの丘のてっぺんに建つ我が家は、上水道を引いていない。
雨水と地下水を150πのヒューム管と竹炭で自作した濾過装置を通して1200Lのタンクに貯め、加圧ポンプを通じて生活用水を賄っている。
なので、基本的に水道料金は掛からないが、丘の麓にある井戸の水をてっぺんの我が家まで汲み上げる電気料金が毎月5000円程掛かる。
上水道を引いていない理由は明確だ。
引き込み料金がべらぼうに高いので選択の余地がない。が、私は「きれいな水道水」をあまり信用していないので、いずれにしても恵まれた環境にあるバカの丘で、上水道を使うことはなかっただろう。
事実、娘のアトピーはほとんど気にならないレベルになったし、うちの生活雑排水を一時的に溜める小池には、モリアオガエルが卵を産みにくるようになった。
丘の麓の井戸のポンプは、以前は、てっぺんにある貯水タンクの水位が低くなると自動的に発動し、いっぱいになると、自動的に停止した。
けれども、センサーが故障して、全て手動で行わなくてはならなくなった。
なので、洗濯物の量が半端ではない我が家では、1週間もポンプを回すのを忘れると、タンクは空になり、家の給水ポンプは空回りして、一滴の水も使えなくなる。
何度か水のない時を過ごす事があった。
うちのトイレは、自作のコンポスト・トイレなので、トイレでの不自由はないのだが、シャワーや流しで、水が出ないという精神的な不安はかなり大きい。
複雑な我が家の水系システムは熟知していたが、これも電気が止まれば全て終わりだ。
ほんの数日前、タンクの水量が気になって、夜7時すぎ、下駄をひっかけて、丘の麓のポンプ小屋までカラコロと歩いていった。高低差数十メートル(海抜95m位?)の急勾配だ。下駄の鼻緒が足に食い込む。
以前、目の前の道路に、突如、白いふくろうが舞い降りてきたことがあった(暗いので、白く見えただけかもしれないが)。それは鮮明な夢なのか朧げな現実なのか?記憶は曖昧になっていく。
足音を響かせる度に、山の斜面の森の木がガサガサと大きく揺れ、何かが(恐らくは猪が)、私の後をついてくるような時もあった。
その夜は、そんなドラマチックな展開はなかった。
…が、驚いた。
消え入るような緑の光が、私の視界を掠めて消えた。と、思うと今度は、小さくも、より明るい光が目の前を横切った。
より大きな光で、より高く飛ぶゲンジボタルに比べると、人知れず飛ぶヘイケボタルの慎ましい謙虚な光。
翡翠色の小さな光が数個、私の周りをとりまくように、泳いでは消えていく。
たった一人の深海散歩。
私が、ここに移り住んで良かったと思うのは、夜、外に出て、立ち小便をしながら、満点の星空を眺める時だ。
その夜は、丘のてっぺんだけでなく、麓でも星空に包まれることができた。
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コメント
森下礼様
丹波で、ジャーナリストの青木さんと暮らしていた時はそんな状況でした。
山で暮らす!なんて素敵な響きでしょう。
それが、たまに通る金持ちから金品を巻き上げるとなれば更にステキです。
ただ、私は高いところが好きなので、水には苦労するかもしれません。
投稿: 拓座風流 | 2011年7月15日 (金) 21時10分
キウイ管理人様
最近は、回りに壁があるとおしっこが出ないという病気(?)に悩まされています。
思えば、特にオスは、排泄行為をしている時が一番、敵に襲われるとやばいわけで…、私は、その原始的な緊張感が何よりも好きなのかもしれません。
昔、左官屋の職人さんが
「ワシは座ってションベンすりゃなんでもええんじゃ。」
と下ネタで盛り上がっていた際に言っていましたが、太古では、小便する時が生死に関わっていたのかもしれません(?)
投稿: 拓座風流 | 2011年7月15日 (金) 21時07分
私が山で暮らしていたとき、やはり水道はなく、裏にある湧水の湧水点から自然流下の水を使かっていました。ポンプ代はゼロ。水道の基本は自然流下ですね。さらに、殺菌剤・塩素が入ってない分、健康にもよい水でした。ただ、注意しないと、冬場には水路が凍ってしまうので、かならず少しづつは水を流さなければなりませんでした。
投稿: 森下礼 | 2011年7月15日 (金) 08時10分
夢物語おすそわけご馳走様!
昔=桃源郷の星の王子様、
今=女子力に立ち向かう
なでしこ丘王国の
マーキングですね。
自分も里山では
有害獣に立ち向かう
マーキングです。
投稿: キウイ管理人 | 2011年7月15日 (金) 08時04分