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2011年8月18日 (木)

BON! Onjuku Jazz Festival!!

 「物事の全てにはプラスとマイナスがある。0が『無』というだけじゃつまらない。+1と-1を足したものも『0(無)』だ。」

とは、手塚医院長の言葉。

 お昼の時間。牛舎の茶の間で、旅人の客人が二人来て、「梵(ぼん)」という言葉をめぐって、ちょっとした宗教談義になった。「宗教」談義とはいえ、突き詰めていけば、行き着くところは「科学」と同じ。とことん理詰めのアインシュタインか木の下で瞑想して仏陀になるか?方法は違えど、真理は同じ。

 それは無であると同時に、あらゆるところに存在する。

 「電気だって同じ。もともと0だったものを無理に引き剥がして+1と-1と(二つ)にしたものが、元に戻ろうとしているだけだ。宇宙のビッグバンだって同じ。対極にブラックホールがあって……云々」

 この世に生まれ出た私は、云わば+1だ。そうすると、私の片割れの-1はなんなのだろう?

 -1が死だとすれば、辻褄はあう。人は死ぬことによって、もとの場所「無」へと還っていくのだろうか?

 

 季節はお盆。

 私の祖父は、去年の春、肺炎で入院。リハビリ中に、心不全で亡くなった。生涯現役の、享年90歳だった。

 目の前の仕事に追われ、仕事仲間にも迷惑を掛けたくなくて、私は、祖父の死に目にも遭えず、葬儀にも帰郷しなかった。

 一人後れて、線香を上げに奈良に帰った。帰ってきてすぐに、あっけなくその職場はクビになった。

 

 今年のお盆も帰らない。14日に、おんじゅくジャズ・フェスティバルを牛舎で開催するからだ。半年も前から企画、準備してきた、青い卵のクリスマスイベントと並ぶビッグイベントだ。

 前日の13日は、会場の設営と清掃。

 先日、NPO法人千葉まちづくりサポートセンターで「授業」をしてきた仲間達4人が13,14の2日間、職場体験として来てくれた。

 この日を指定したのは、人手がいるのはもちろんだが、一緒に楽しんでもらいたかったからだ。

 会場の椅子並べと雑巾掛け。一人では丸一日掛かる仕事が、みんなのおかげで、ものの1時間でカタがつく。

 埃だらけだった会場に整然と椅子が並び、畳はピカピカになった。

 ポッポの丘を見学してもらい、スタッフ・バッジを準備した。午前中は客も少なく、セミの鳴き声ばかりがうるさくて、何事もない平和な夏の日が過ぎてい

 午後から、主催者のRAD MUSIC SCHOOLのみんなが、柏から到着した。

 若くて明るい光り輝く奏者達。

 古ぼけた牛舎7号は、途端に、生気に満ち溢れる演舞場へと息づき始めた。

 お盆渋滞にも関わらず、予想以上にPA機材も早く到着したので、音楽機材の設置も完了。明日を待つばかりとなった。

 景気づけに、栗原さんの友達のMさんから借りているオート三輪で、牧場内を案内した。

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 当日の朝、7時前に牛舎に到着してみると、前日からドッグランのバンガローに泊まり込んでくれたK田さん、最も遠いところから来ているはずのRさんが、プロムナードで、既に朝のお茶をしながら、出迎えてくれた。

 暑い熱い一日の始まりだ。

 こちらのスタッフは、駐車場の誘導と受付をメインに、RADのみんなには音楽に専念してもらうことにした。10時の開始までに次々とやってくるミュージシャン。スタッフ用の駐車場があっという間にいっぱいになる。RADの層の厚さを見せつけられた。

 ランチとかき氷担当の四季菜、移動カフェ&米粉マフィンのネココロ、タコスと生ビールのキッチン太陽、カイロプラクティックの長田先生と、出店者も続々と入場し、準備を始める。柏からもアート集団「POT」の3人が来て、革細工、アート的古本、ライブペインティングを始めてくれる。

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今日は、フリマの日でもある。ネコバスさん、T野さんが商品を広げる。お客さんもちらほらとやってきて、私は全身アンテナ状態。一つところにいられない。

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 7号からは常にサックスやディジュリドゥやドラムが響き、牧場中にこだまする。一つ一つをじっくり聞く暇はないのだが、どこにいても心地よい音の波が私の五感を溺れさせ、全細胞を振るわせる。

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 魅坂健太郎バンドのみんなには最大級の友情を感じる。ドッグラン・イベントの時にも来てくれた。超個性派で実力派。あいかわらずキマッている。

 Morning Childの尾崎さんは素敵だった。サックスもさることながら、その笑顔は、山本武夫氏にも描いてもらいたい現代の天女だ。思わずサインをもらった。

 ディジュリドゥに合わせたダンスでは、多くの人が胸奥に沸き起こる野性の衝動を感じたことだろう。

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 破壊力抜群のブレイクダンスもあった。畳の上でのブレイクダンスという牛舎ならではの、恐らくブレイクダンス史上初の快挙を成し遂げた。

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 フミさん、ゆうさんメインのRADオールスターズは、プレイヤーも観客もよく倒れなかったなぁと後になって思う程の興奮状態。けれども、それはどこまでも上質で、熱く揺らめく空気の中、全員が一 体となった。

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 そこで、栗原画伯からのサプライズ。

 ルパン三世の石川五右衛門、キャプテン・ハーロック、花形満の声優さん、井上真樹夫氏を案内してきてくれたのだ。

 俳優であり、詩人でもある井上さん、

 「一言、マイクでお願いしますよ~。」

との、私のワガママにも快く応えてくださった。

 「いいのかよ~!」

 何よりも驚いていたのが栗原さんだったのが、私にはビックリだった。

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 熱い真夏の日の午後に、真夏の夜の夢を見せてくれるスロー・ジャズ。

 5時からは、おなじみの御宿の歌姫が「ミネソタの卵売り」と「恋のバカンス」を歌ってくれた。

 伴奏のゆみこさんが時間ぎりぎりで来てリハの時間がほとんどなく、当人はかなり焦ったようだが、舞台では大したものだった。

 ほぼ30分で音合わせして伴奏したゆみこさんもさすがだった。

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 最後はジャム・セッションで、熱い大気の中にみんな心地よく蒸発、とろけていった。

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 今回は、チャリティ・ライブになっている。

 カンパの使い道は、RADのみんなと被災地へ行って、応援ライブをやろうというものだ。まだまだ、インフラや物資は不足しているが、一番大切なものは「本物の」娯楽ではないだろうかと思っている。

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 おんじゅくジャズ・フェスティバルでは、暑い時は、とことん熱く楽しむというスタイルが定着しそうだ。

 来年は、プロムナードにミニ・プールでも置くか…。6町歩(18000坪)の牧草地で星空ライブやるか…。

 早くも、

「来年が楽しみだ!」

と、夜の打ち上げBBQで、RADのみんなと大いに盛り上がった。 

 

 

 

 「白い光が何個か踊っているのが見えた。」

 「ここには妖精が住んでいる!」

 とは、牛舎8号オープンの日に何人かの友達から聞いた話。

 そういった類の話は、あまり信用しない私だが、うれしくなって、思わず、牛舎8号の高い梁にかけてある天女の切り絵に目をやった。

 それはホームレスの切り絵師、山本武夫さんの作品。牛舎8号オープンのわずか1週間前に、かみさんと夜遅く、高い梁に脚立に乗って取り付けたものだ。

 霊のなんのという類ものを見たことがない私は、天女を見て想像するしかない。

 今年のお盆も帰れなかったが、もしも、祖父が光となって、この場所を訪れていたら…、ジャズの光輝く音に伴われ、+1と-1の融合する調和へと帰っていけたなら、どんなにかうれしいことだろう。

 山本武夫氏の描くような天女に連れられて、0へと還っていく白く優しい光を、そっと脳裏に思い描いた。

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RAD MUSIC SCHOOL

http://www.radmusicschool.com/

出演者の詳細、画像等、ブログに近々アップされる予定です。

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2011年8月16日 (火)

モスラのサナギ

 もう一年が経ったのだなとしみじみと思った。

 ソレは、ますます冷たさと硬度を増して、核爆発を永遠に繰り返す太陽に向けて、細くて長い骸骨の指をスラリとのばす。

 アクアラインで東京湾を潜り越え、ヒートアップしたコンクリートの底なし窯へと飛び出した。熱く歪んだ大気を通して、目に入ってきたのは、東京スカイツリー。

 

 ついこの間、7歳の娘がまるまると肥太った芋虫を牛舎8号のプロムナードで見つけてきた。顔料のように鮮やかで、艶無しでありながら透けるような黄緑色。黄と紫の縦筋が斜めに7本入っていて、成り始めたゴーヤの実のような固くて縮れた尻尾がちょこんとついている。

 夏休みの自由研究にと、観察日記を始めた娘。芋虫はすっかりペットになった。名前はポテトさん

 観察を始めてものの数日ほどで、芋虫は茶色く縮んでいき、見る間にサナギになった。虫かごの中では、サナギになる環境が整っていなかったようで、ポテトさんも戸惑ったようだ。つかまる枝がなかったので、底に敷いた綿に糸を出してくっついてしまった。

綿から引きはがして、接着剤で小枝にくっつけようアドバイスを受けた娘は、ポテトさんを動かそうとして、頭をポロリと折ってしまった。

娘は、子どもにあるまじき大量の脂汗を流しておののいた。

 

(そういえば、モスラが繭を作ったのは東京タワーだったな。)

 スカイツリーが近づいてくるにつれ、予告編か何かで見た映画『モスラ』の一場面を思い出した。

ゴジラの放射能火炎をヒラリと躱す成獣モスラ、流れ弾で炎上する東京タワー。

 

玉姫公園は、相変わらずの灼熱に包まれていたが、行き交う人々の笑顔は健在だ。人見知り、初対面という言葉はここではあまり意味がない。

公園の狭い入り口でワイワイがやがや屯して、なにやらせわしげに動き回ったり、大声で喋っていた人々は、ワゴンで乗り付けた我々の為に道を開けてくれた。

今年も山谷祭りにやってきたのだ。

 

去年の夏、なかのまきこちゃんの紹介により、初めて、「谷津田再生会記念病院ヘート会議」として出店した。

灼熱の青空の下、我が家の三角櫓に50kg余りのイノシシを吊し血をどろりと抜いて、解体した肉で作った串焼きは大好評で、すぐに完売した。

 

今年の 谷津田再生会記念病院ヘート会議は、311以降てんやわんやで、出店品目を決めたのは、山谷祭りからわずか2週間前。本業(?)の田んぼ作業も完全に遅れていた。

草取りを始めたのも、7月の後半。

 田んぼは一面、コナギの緑で、水面がまったく見えない。都会では一株幾らかで売られているらしいコナギは、ここでは緑の侵略者でしかない。

アブの襲撃に脅かされ、太陽に汗も根気も絞り尽くされ、無限に続くとも思われるコナギを取り除く作業の中、今年の出店品目について、手塚医院長、でれすけ氏、中村船長と話し合った。

辛いのは、出品価格が一つ50円と決められていることだ。ほとんどの出店者はボランティアでブチ出しだ。当然といえば当然だが、ヘート会議としては、せめてガソリン代だけでも捻出したい。

とりあえず、ポッポの丘の詰め放題卵の煮卵と中村船長のイナダの刺身ということになった。

今年も参加のでれすけ氏は、一人せわしげに作業しながら終始大声で話し続けている

「あたしゃ~さ~、2年後にはブルース・ハーモニカのプロになってるからさ~…云々。」

憑かれたように、話の流れも伏線も関係なくネットで安く買ったハーモニカについて話す万年躁状態のでれすけ氏。辛い作業で無口になりがちな私達の笑顔を誘う。

 

七分袖を汗で真っ黒に染めた頑強でスタイルのいいおじさんがプロパンガスのタンクを担いできて、私達が使う業務用ガスコンロの脇に設置してくれた。

「近頃のわけぇもんは力がねえなぁ。」

と、笑顔を見せる。

愛想の良いニイちゃんが話しかけてきて前に座る。最初は調子良く話しているが、どうも泥酔していて話が見えなくなってくる。

意識しようがしまいが、ここは、ホームレスの集う町。

ついつい、あの人はホームレスかな?この人は違うのかな?と色眼鏡で見てしまう。

去年もお世話になったNPOのあうんは、スタッフとホームレスの区別がない。驚きの中、そこに、私は未来の社会と人を見た。

土地が余って、遊休農地だらけの夷隅地域と、人が余って、仕事がない都会。山野と山谷をうまく結びつけることができないだろうか?と、去年、気まぐれに思いついた。

この一年でわかったことは、それがどれくらい大変か、私は山谷やあうんの人達に失礼な位、なにもわかっていないということだ。

 

主力のでれすけ氏が祭り1週間前にアバラを2本折った。

寝返り、ゲップはもちろん、くしゃみなんかすれば、もんどり打って転げまわる程の激痛の中、責任感の強い氏は、煮卵120個をなんとか作り上げた。

祭りにも参加できないかと思われたが、私の

「いるだけでいいから。」

という懇願をなんとか聞き入れてくれた。

結局、今年の出店品目は、ポッポの丘の詰め放題卵で作った煮卵とブラジル産鶏の焼き鳥になった。

刺身は断念することにした。

 

メンバーは、去年と同じでれすけ氏、歌姫、私に加えて、谷津田再生会記念病院の医院長こと手塚さん、たべ・けんぞうさん、みん君、ほー君が加わった。

ホームレスの町に、たべ・けんぞうの鉄屑廃品オブジェ「スター・ダスト」が密やかに舞い降りた。

くるくるまわるパチンコ玉でできた宇宙(そら)の人。きらきら光る頭に、けんぞうさんや医院長、町の人々、少し離れて公安の顔が映っては消えてゆく。

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思えば、去年のいのちだらけの祭りの時、初めて、冷たいエンジンを吹かして音もなく降りてきたスターダスト。その後、牛舎8号にやってきて、今度はけんぞうさんも一緒に山谷祭りにまでやってきた。

 

手塚医院長は、いつもの大原の商店街にいる時と変わらない。おっちゃんじいちゃん相手に盛り上がり、見事なコテ捌きで鶏を焼く。

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歌姫の「恋のバカンス」は例年(?)通り、盛り上がり、

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みん君は、私の代わりに、酔っ払い相手にひたすら頭を下げ続け…、

ほー君は連帯感を持つ為に(?)、終始ヘルメット姿でいてくれた。

 

なかのまきこちゃんとSAYOKOの獣達も来てくれた。飲めば飲むほど陽気さを増す珍獣二人…いや天使達というべきか…。


 

肋骨を折ったでれすけ氏。

病院でのレントゲン写真でおまけが見つかった。

肺の3分の1を占める白い影。

「苦しくないの?今までに二人位、こういうのいたけど…、まだ苦しくないのなら、たばこやめたら、恢復するかもしれないねぇ。ま、その二人は死んじゃったんだけどね…。」

こうして、でれすけ氏は長年愛したゴールデンバットをハーモニカへと持ちかえて、2年後のプロ・デビューの為に繭に籠もる決意をしたのだった。


 

数日後、牛舎8号で、お世話係さんの悲鳴と共に、エスプレッソマシーンの下から、巨大な花びらのような生き物がひらひらと飛び出して、プロムナードの潅木の枝に羽を休めた。

色も質感も花オクラの花びらそっくり。牡鹿の角の様に立派な触覚を持った巨大な蛾。

「あれ?おまえ、ポテトさんか?そんなわけ…ないか…。」

思わず話しかけた。

無事に孵化を終え、見事に生まれ変わった成獣モスラ。

 しばらくすると、牛舎8号の灼熱の銀色に輝く屋根の上、遥か高みへとフラフラと飛んでいった。

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