モスラのサナギ
もう一年が経ったのだなとしみじみと思った。
ソレは、ますます冷たさと硬度を増して、核爆発を永遠に繰り返す太陽に向けて、細くて長い骸骨の指をスラリとのばす。
アクアラインで東京湾を潜り越え、ヒートアップしたコンクリートの底なし窯へと飛び出した。熱く歪んだ大気を通して、目に入ってきたのは、東京スカイツリー。
ついこの間、7歳の娘がまるまると肥太った芋虫を牛舎8号のプロムナードで見つけてきた。顔料のように鮮やかで、艶無しでありながら透けるような黄緑色。黄と紫の縦筋が斜めに7本入っていて、成り始めたゴーヤの実のような固くて縮れた尻尾がちょこんとついている。
夏休みの自由研究にと、観察日記を始めた娘。芋虫はすっかりペットになった。名前は「ポテトさん」。
観察を始めてものの数日ほどで、芋虫は茶色く縮んでいき、見る間にサナギになった。虫かごの中では、サナギになる環境が整っていなかったようで、ポテトさんも戸惑ったようだ。つかまる枝がなかったので、底に敷いた綿に糸を出してくっついてしまった。
綿から引きはがして、接着剤で小枝にくっつけるようアドバイスを受けた娘は、ポテトさんを動かそうとして、頭をポロリと折ってしまった。
娘は、子どもにあるまじき大量の脂汗を流しておののいた。
(そういえば、モスラが繭を作ったのは東京タワーだったな。)
スカイツリーが近づいてくるにつれ、予告編か何かで見た映画『モスラ』の一場面を思い出した。
ゴジラの放射能火炎をヒラリと躱す成獣モスラ、流れ弾で炎上する東京タワー。
玉姫公園は、相変わらずの灼熱に包まれていたが、行き交う人々の笑顔は健在だ。人見知り、初対面という言葉はここではあまり意味がない。
公園の狭い入り口でワイワイがやがや屯して、なにやらせわしげに動き回ったり、大声で喋っていた人々は、ワゴンで乗り付けた我々の為に道を開けてくれた。
今年も山谷祭りにやってきたのだ。
去年の夏、なかのまきこちゃんの紹介により、初めて、「谷津田再生会記念病院ヘート会議」として出店した。
灼熱の青空の下、我が家の三角櫓に50kg余りのイノシシを吊し、血をどろりと抜いて、解体した肉で作った串焼きは大好評で、すぐに完売した。
今年の 谷津田再生会記念病院ヘート会議は、311以降てんやわんやで、出店品目を決めたのは、山谷祭りからわずか2週間前。本業(?)の田んぼ作業も完全に遅れていた。
草取りを始めたのも、7月の後半。
田んぼは一面、コナギの緑で、水面がまったく見えない。都会では一株幾らかで売られているらしいコナギは、ここでは緑の侵略者でしかない。
アブの襲撃に脅かされ、太陽に汗も根気も絞り尽くされ、無限に続くとも思われるコナギを取り除く作業の中、今年の出店品目について、手塚医院長、でれすけ氏、中村船長と話し合った。
辛いのは、出品価格が一つ50円と決められていることだ。ほとんどの出店者はボランティアでブチ出しだ。当然といえば当然だが、ヘート会議としては、せめてガソリン代だけでも捻出したい。
とりあえず、ポッポの丘の詰め放題卵の煮卵と中村船長のイナダの刺身ということになった。
今年も参加のでれすけ氏は、一人せわしげに作業しながら終始大声で話し続けている。
「あたしゃ~さ~、2年後にはブルース・ハーモニカのプロになってるからさ~…云々。」
憑かれたように、話の流れも伏線も関係なくネットで安く買ったハーモニカについて話す万年躁状態のでれすけ氏。辛い作業で無口になりがちな私達の笑顔を誘う。
七分袖を汗で真っ黒に染めた頑強でスタイルのいいおじさんがプロパンガスのタンクを担いできて、私達が使う業務用ガスコンロの脇に設置してくれた。
「近頃のわけぇもんは力がねえなぁ。」
と、笑顔を見せる。
愛想の良いニイちゃんが話しかけてきて前に座る。最初は調子良く話しているが、どうも泥酔していて話が見えなくなってくる。
意識しようがしまいが、ここは、ホームレスの集う町。
ついつい、あの人はホームレスかな?この人は違うのかな?と色眼鏡で見てしまう。
去年もお世話になったNPOのあうんは、スタッフとホームレスの区別がない。驚きの中、そこに、私は未来の社会と人を見た。
土地が余って、遊休農地だらけの夷隅地域と、人が余って、仕事がない都会。山野と山谷をうまく結びつけることができないだろうか?と、去年、気まぐれに思いついた。
この一年でわかったことは、それがどれくらい大変か、私は山谷やあうんの人達に失礼な位、なにもわかっていないということだ。
主力のでれすけ氏が祭り1週間前にアバラを2本折った。
寝返り、ゲップはもちろん、くしゃみなんかすれば、もんどり打って転げまわる程の激痛の中、責任感の強い氏は、煮卵120個をなんとか作り上げた。
祭りにも参加できないかと思われたが、私の
「いるだけでいいから。」
という懇願をなんとか聞き入れてくれた。
結局、今年の出店品目は、ポッポの丘の詰め放題卵で作った煮卵とブラジル産鶏の焼き鳥になった。
刺身は断念することにした。
メンバーは、去年と同じでれすけ氏、歌姫、私に加えて、谷津田再生会記念病院の医院長こと手塚さん、たべ・けんぞうさん、みん君、ほー君が加わった。
ホームレスの町に、たべ・けんぞうの鉄屑廃品オブジェ「スター・ダスト」が密やかに舞い降りた。
くるくるまわるパチンコ玉でできた宇宙(そら)の人。きらきら光る頭に、けんぞうさんや医院長、町の人々、少し離れて公安の顔が映っては消えてゆく。
思えば、去年のいのちだらけの祭りの時、初めて、冷たいエンジンを吹かして音もなく降りてきたスターダスト。その後、牛舎8号にやってきて、今度はけんぞうさんも一緒に山谷祭りにまでやってきた。
手塚医院長は、いつもの大原の商店街にいる時と変わらない。おっちゃんじいちゃん相手に盛り上がり、見事なコテ捌きで鶏を焼く。
歌姫の「恋のバカンス」は例年(?)通り、盛り上がり、
みん君は、私の代わりに、酔っ払い相手にひたすら頭を下げ続け…、
ほー君は連帯感を持つ為に(?)、終始ヘルメット姿でいてくれた。
なかのまきこちゃんとSAYOKOの獣達も来てくれた。飲めば飲むほど陽気さを増す珍獣二人…いや天使達というべきか…。
肋骨を折ったでれすけ氏。
病院でのレントゲン写真でおまけが見つかった。
肺の3分の1を占める白い影。
「苦しくないの?今までに二人位、こういうのいたけど…、まだ苦しくないのなら、たばこやめたら、恢復するかもしれないねぇ。ま、その二人は死んじゃったんだけどね…。」
こうして、でれすけ氏は長年愛したゴールデンバットをハーモニカへと持ちかえて、2年後のプロ・デビューの為に繭に籠もる決意をしたのだった。
数日後、牛舎8号で、お世話係さんの悲鳴と共に、エスプレッソマシーンの下から、巨大な花びらのような生き物がひらひらと飛び出して、プロムナードの潅木の枝に羽を休めた。
色も質感も花オクラの花びらそっくり。牡鹿の角の様に立派な触覚を持った巨大な蛾。
「あれ?おまえ、ポテトさんか?そんなわけ…ないか…。」
思わず話しかけた。
無事に孵化を終え、見事に生まれ変わった成獣モスラ。
しばらくすると、牛舎8号の灼熱の銀色に輝く屋根の上、遥か高みへとフラフラと飛んでいった。
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コメント
モスラ、おそらくゴジラシリーズで一番つまらないキャラですよね。
けれども、蝶々はやたらと幸運のシンボルなのに対して、蛾は悪者みたいなイメージがあるので、少し同情しています。
友達作りがうまいとお褒め頂きましたが、東京在住中は一人の友達もできませんでした。知り合いはたくさんいたのですがね…。
投稿: 拓座風流 | 2011年8月17日 (水) 20時44分
モスラという怪獣(あるいは怪虫)は、強いのか弱いのか解らない怪獣ですね。成虫なら猛毒の鱗粉、幼虫なら口から吐き出す糸が主力武器ですから。これでよくゴジラを撃退したものです。
拓座さんの、優れた点は、友達をすぐ作れること。これは財産ですよ。おそらく、人を見る目がしっかりしているのではないか、と思います。
投稿: 森下礼 | 2011年8月17日 (水) 08時15分