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2015年2月

2015年2月23日 (月)

ハヤテ

 毎朝、顔を見合わせると、鼻息荒く寄ってくる。

 互いの白い息が混じり合い、甘い牧草の匂いに包まれる。

 私の至福の瞬間だ。

 そわそわとして、早く外に出たそうに、馬房の中庭をウロウロするハヤテ。

 急かされるように、大きな馬着を外して柵に掛ける。

 ハヤテの額の広い大きな顔に無口をつけて、両側に引き綱の両端のカラビナをつけて即席の手綱にする。

柵戸を開けて、外に出すと、放牧場へ向けてスタスタと歩き出そうとするハヤテ。

手綱をひいて抑えながら、少なめのたてがみと一緒にしっかりと握り、右手はハヤテの滑らかな背中の上に置く。

 膝を1、2と屈伸させて、3でエイヤッと背の高いハヤテの背中に跳び上がる。

 ハヤテの背中の上で腹ばいになり、向こう側に頭から落っこちないように(一度、勢い余って落っこちた)、鞍馬の要領で体を回転させ、右足をぐるっと回す。

 ハヤテは、そんな悪戦苦闘する私を尻目に、スタスタと放牧場へと歩き出す。

 柔らかな草の生えた土の上に来ると、手綱をやや控え、片足を後ろに引いて合図を送る。

 待ってましたとばかりに疾風のように駆け出すハヤテ。

 鞭も拍車も使わなくても、自分から走り出す。

 走りたいから走ってる。

 馬としては高齢の20歳。

それでも、馬は、やっぱり、走るのが好きなんだなと嬉しくなる。

 風が止まると消えてしまうように、馬も生きている限り走り続けたいのだなと思った。

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写真:楯岡由紀さん

 

 ハヤテが牧場に来て3週間が経った。

最初は、どうなることかと思ったが、幸い、私の中に馬の形をしたDNAが組み込まれているようで、多くの人達の助言を仰ぎながらも、どうにかこうにか、この牧場に最適なハヤテとの共存方法を見つけ出しつつある。

馬房に閉じ込めて、一日1時間ほど運動をさせて、一日34回餌をやるというのが多頭飼いで忙しい馬牧場でのスタンダードな飼い方かもしれないが、ここは15町歩もある広大な牧場で、馬が一頭だけという贅沢な環境だ。

できるだけ、昼夜放牧に近い形で、馬も人もストレスのない飼い方をしたいと考えた。

広大な放牧地全体を牧柵で囲うことはできるが、金銭的・時間的・労力的な問題に加えて、人との境界はなるべく物理的でないものに頼りたいと考えた。

馬と人はもちろん違う。けれども、馬と人との間にも信頼関係は成り立つはずだ。

ここでの問題は、一頭だけのハヤテを放牧すると、どこかに逃げてしまうのではないか?ということではなく、群れが基本の馬であるハヤテは一頭でいることにほんの数分ですら耐えられないということだ。

私でなくとも、誰か人が付き添ってさえいれば、あちこち視界の届く範囲で移動して草を食む。

だが、そ~っと付き添いが姿を消すと、視界から人の姿が消えたのに気づいた途端、駆け足で追ってきて、大声でいなないて孤独を訴える。

姿を見せると、そばへと寄ってきて、また何事もなかったように草を食むか馬小屋への道を歩き出す。

 

1放牧場は、なだらかな丘になっていて、牧場に入っていくと、最初に目に入る緑の牧草地だ。

馬小屋からそこへの道は簡単だし、卵採りの作業員さん達も途中にいるので、だいぶん場所慣れしてくれたようで、ある程度は一人にしておいても大丈夫になった。

1~2時間位して、満腹になるか寂しくなれば、道草を食みながら、自分で歩いて帰ってきて開け放しておいた馬小屋の中に自分で入るようになった。

2放牧場は、別の丘の上にある堆肥舎の奥にある。離れているので、なかなか一人でいることに慣れてくれなかったが、広くて、ハヤテが好きな草も豊富にあるので、なんとか1時間でも一人でいてくれないかと思案した。

馬は、犬よりも人の個体識別能力が甘いようだ。そこを利用しようと思った。

竹を切ってきて十時に組み合わせ、てっぺんにはペンキの空き缶をかぶせ、破れのひどい愛用のヤッケを着せて私の分身(かかし)を作った。それを放牧場の隅に置いてみた。

結果は思った以上の成功をおさめた。時間以上経ってもいななかず、かかしの見える範囲で無心に草を食んでいる。

ただし、影武者とソ~っと入れ替わるように立ち去らないとハヤテも慌ててついてくる。

大体、1~2時間でお腹が一杯になって、馬小屋に帰りたくなっても、パニックして一人で来た道を駆け戻ることもなく、かかしのそばに所在なげに突っ立って、

「早く帰ろうよ!」

と、いなないて催促する。

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私はそれを聞くと、やりかけの仕事を投げ出して、慌てて迎えに走る。

触られるのがあまり好きではないハヤテだが、そんな時は首筋に抱きついてもいやがらない。

私の大きなテディ・ベア。

 

ハヤテが来てくれて本当に良かった。

ハヤテを紹介して下さった引退馬協会さん。

直接の譲り主である警視庁騎馬隊のみなさん。

受け入れを快く許してくれた鶏卵牧場の村石社長。

ハヤテを応援して下さる名誉馬主さんはじめ多くの人々。

心から、お礼申し上げます。

本当にありがとうございました。

今後とも、ハヤテをよろしくお願い申し上げます。

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2015年2月 4日 (水)

疾風

 

 

 少年の頃、港から見た水平線はどこまでもキラキラと輝いていて、その先の世界を夢見ることができた。

 

 蜃気楼にかげる砂漠から見た地平線。

その先には、一体何があるのだろう?

 任務を解かれた老兵は、足裏の鉄を外されたにも関わらず、重い足どりで、一歩また一歩と、砂を踏みしめて歩いた。

 白と黒、直線とスクウェアに切り取れた完璧な世界で、過ごしてきた騎兵としての日々。

そこを退役し、彼は次の目的地へと向かっていた。

一陣の風が吹き、砂煙を上げて、蜃気楼が吹き飛ばされた。

そこに彼が見たのは、砂埃と灼熱の太陽に、化石のように風化した小さな砦。

 それは、実は流砂に少しずつ飲み込まれつつある宇宙船だと人は言う。

再び宇宙へと飛び立つ気配はなかったが、心臓部のオレンジ色の原子炉は、脈々と毒々しいその命を宿していて、いつ大爆発するかもしれぬ危険性をはらみながらも、無限のエネルギーを細々と供給していた。

 どこからともなく集まってきた旅人達が、それぞれの特技と知識を活かして、その宇宙船を中心に、家を建て、井戸を掘り、作物を育て、家畜を飼い…、いつの間にか、水と緑のあふれる、知る人ぞ知る旅人の交流地点になった。

 そのオアシスは、まるで、砂漠に浮かぶ一粒の水滴のように、緑と命に満ち溢れた儚くも小さな地球そのものだった。

 

 ローフードの先生の弥希ちゃんがおしえてくれた引退馬協会の紹介で、東京都の警視庁騎馬隊から引退馬が鶏卵牧場にくることになった。

 名前はハヤテ。

 20歳の老兵だ。

 都内を中心に、子ども達をはじめ、多くの人達に愛されてきた。

 警視庁騎馬隊小隊長さんのご好意で、鶏卵牧場に連れてくる前に、普段は、立ち入り禁止の馬事公苑の奥にある厩舎を案内して頂いた。

 ハヤテとの初対面。

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思ったよりでかい!

ほんの一瞬、初対面のピリッとした緊張感がお互いの間を走った。

ハヤテは、パクッと私の手を噛む振り(お茶目)をした。

 もちろん、今まで、人を傷つけたことなど一度もない。

個体(人)を識別する能力の高い賢い馬だと思った。

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 小隊長さんが馬事公苑内をいろいろと案内して下さった。

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 ハヤテの走る姿を見ているうちに、最初、感じていた重い責任から来る緊張が徐々にほぐれて消えていき、代わりに、ハヤテが来る喜びが心を満たしていった。

 

 自分で、一から準備をして、馬を飼うという責任と喜び!

 

 ずっと前から、馬を飼いたいと思っていた。けれども、必要面積の広さと大動物を飼うという責任の重さに、なかなか行動に踏み切れずにいた。

馬を飼うなら、狭い敷地に閉じ込めず、できるだけ人間と同じ動線で飼いたいと考えていた。

 鶏卵牧場の村石社長に出会い、ようやく、少し夢へと近づくことができた。

 ハヤテだけでなく、できるだけ多くの引退馬や、他の家畜を含む動物達が幸せな生活を送れる環境をつくりたい。そのことが動物だけではなく、間違いなく私達人間にとっても幸せな環境となるからだ。

 

 オーストラリアやニュージーランドでは、野生の馬達を捕まえて調教し、飼い慣らす本物のカウボーイ・カウガールの中で共に生活させてもらい、馬と人との境界線の低さに憧れた。

 

 ニュージーランドのとある牧場は、360°見渡す限りが一つの牧場で、馬も牛も昼夜放牧されていた。

ゆるやかな黄緑色の牧草地の合間に、濃い緑の森が点在している。

岩のゴロゴロした砂埃の立つ道を、引き綱を一本持って、丘から丘へ、森に隠れた馬をさがしに歩くのが日課だった。  

そこかしこに、ちらほらと白や灰色や茶色やいろんな色の馬が草を食んでいるのが見える。

 森の外れに、ぼんやりと立つ目的の馬「Ricardo」を見つけると、斜め前から、脅かさぬよう名前を呼びながら、少しずつ近づいていく。

 彼はこちらに気づき、大きく頭を振るが、逃げるそぶりはない。

 (ニンジンは忘れたが、)手を差し出し、声を掛けながら、ゆっくりと近づく。近づくと、牧草そのものの様な甘い馬の香りがフワッと鼻孔をくすぐった。

ビロードのようになめらかな首筋を撫でながら、引き綱をゆっくりと首に掛ける。頃合いを見計らい、左手でたてがみをグッとつかむと、裸のまま飛び乗った。

彼はいやがることもなく、小道の方へと歩き出す。けれども、無口も頭絡もつけていないので、あっちを見たりこっちを見たりと方向が定まらない。背の上から手を伸ばし、時々馬の顔を前方に向けてやる。と、その時、何かに驚いたのか、この無礼ないたずら者を懲らしめてやろうと思ったのか、彼は不意に駆けだした。

不意打ちを喰らって、バランスを崩した私は、岩のゴロゴロした道の砂埃の中に落とされた。

落馬が日常化していた当時の私は、落ち方だけは上手だった(?)ので、どこをひどくぶつけるということもなく、苦笑いしながら、地面から体を起こした。

気を取り直して立ち上がると、髪やズボンの砂埃を手で払い落とした。

彼は道のちょっと先で、何事もなかったようにすまして立っていた。

 

 馬事公苑で馬運車と13時に待ち合わせ。

 牛を運んでいた箱トラックでハヤテを運ぶつもりが、私の詰めの甘さが祟って、ハヤテには箱の天井高が足りないということがわかり、急遽、引退馬協会さんに馬運車を紹介してもらった。

 予想以上に立派な馬運車とイグレットの素敵なドライバー田原さん。

 騎馬隊のハヤテの面倒を見ていた凛々しいおねえさんも、ハヤテとの別れに涙ぐむ。

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 小隊長さんが、ご好意で、乾草等の餌や馬で使う貴重な道具類をたくさんくださり、隊員さん達が馬運車に積んでくださった。

 

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 アクアラインを突っ走り、田舎の山道を田原さんと談笑しながらガタゴトと走り抜け、馬事公苑から2時間半で、鶏卵牧場に着いた。

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 最初は、やはり少し落ち着きがなかったが、思ったより早くリラックスしてくれたようだ。

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 出迎えのみんなが帰って、投光器一つの明かりで照らされた「牛舎3号」の馬小屋は、なんとなくイエス・キリストが、生まれた場所みたいな神々しい雰囲気になって、こっそりと一杯だけハヤテと祝杯をあげた。

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 ハヤテが馬小屋に落ち着くと、外に出て、牧場の夜空を眺めた。

 2月の星空は、どこまでも澄んでいて、透明で氷のように冷たい海の底に、無数の星々がひっそりと輝いていた。

 

 

 夜、老兵が、砂漠から見た地平線。

 そこには、星空を散りばめた黒い宇宙の水平線が、180°逆さまに、頭上に、無限に広がっていた。

 流砂の中の宇宙船は、永遠に飛ばないかもしれない。

 けれども、私の想いは、疾風と共に、どこまでも黒い水平線の向こうを夢見て飛んでいく。

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