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2015年2月 4日 (水)

疾風

 

 

 少年の頃、港から見た水平線はどこまでもキラキラと輝いていて、その先の世界を夢見ることができた。

 

 蜃気楼にかげる砂漠から見た地平線。

その先には、一体何があるのだろう?

 任務を解かれた老兵は、足裏の鉄を外されたにも関わらず、重い足どりで、一歩また一歩と、砂を踏みしめて歩いた。

 白と黒、直線とスクウェアに切り取れた完璧な世界で、過ごしてきた騎兵としての日々。

そこを退役し、彼は次の目的地へと向かっていた。

一陣の風が吹き、砂煙を上げて、蜃気楼が吹き飛ばされた。

そこに彼が見たのは、砂埃と灼熱の太陽に、化石のように風化した小さな砦。

 それは、実は流砂に少しずつ飲み込まれつつある宇宙船だと人は言う。

再び宇宙へと飛び立つ気配はなかったが、心臓部のオレンジ色の原子炉は、脈々と毒々しいその命を宿していて、いつ大爆発するかもしれぬ危険性をはらみながらも、無限のエネルギーを細々と供給していた。

 どこからともなく集まってきた旅人達が、それぞれの特技と知識を活かして、その宇宙船を中心に、家を建て、井戸を掘り、作物を育て、家畜を飼い…、いつの間にか、水と緑のあふれる、知る人ぞ知る旅人の交流地点になった。

 そのオアシスは、まるで、砂漠に浮かぶ一粒の水滴のように、緑と命に満ち溢れた儚くも小さな地球そのものだった。

 

 ローフードの先生の弥希ちゃんがおしえてくれた引退馬協会の紹介で、東京都の警視庁騎馬隊から引退馬が鶏卵牧場にくることになった。

 名前はハヤテ。

 20歳の老兵だ。

 都内を中心に、子ども達をはじめ、多くの人達に愛されてきた。

 警視庁騎馬隊小隊長さんのご好意で、鶏卵牧場に連れてくる前に、普段は、立ち入り禁止の馬事公苑の奥にある厩舎を案内して頂いた。

 ハヤテとの初対面。

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思ったよりでかい!

ほんの一瞬、初対面のピリッとした緊張感がお互いの間を走った。

ハヤテは、パクッと私の手を噛む振り(お茶目)をした。

 もちろん、今まで、人を傷つけたことなど一度もない。

個体(人)を識別する能力の高い賢い馬だと思った。

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 小隊長さんが馬事公苑内をいろいろと案内して下さった。

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 ハヤテの走る姿を見ているうちに、最初、感じていた重い責任から来る緊張が徐々にほぐれて消えていき、代わりに、ハヤテが来る喜びが心を満たしていった。

 

 自分で、一から準備をして、馬を飼うという責任と喜び!

 

 ずっと前から、馬を飼いたいと思っていた。けれども、必要面積の広さと大動物を飼うという責任の重さに、なかなか行動に踏み切れずにいた。

馬を飼うなら、狭い敷地に閉じ込めず、できるだけ人間と同じ動線で飼いたいと考えていた。

 鶏卵牧場の村石社長に出会い、ようやく、少し夢へと近づくことができた。

 ハヤテだけでなく、できるだけ多くの引退馬や、他の家畜を含む動物達が幸せな生活を送れる環境をつくりたい。そのことが動物だけではなく、間違いなく私達人間にとっても幸せな環境となるからだ。

 

 オーストラリアやニュージーランドでは、野生の馬達を捕まえて調教し、飼い慣らす本物のカウボーイ・カウガールの中で共に生活させてもらい、馬と人との境界線の低さに憧れた。

 

 ニュージーランドのとある牧場は、360°見渡す限りが一つの牧場で、馬も牛も昼夜放牧されていた。

ゆるやかな黄緑色の牧草地の合間に、濃い緑の森が点在している。

岩のゴロゴロした砂埃の立つ道を、引き綱を一本持って、丘から丘へ、森に隠れた馬をさがしに歩くのが日課だった。  

そこかしこに、ちらほらと白や灰色や茶色やいろんな色の馬が草を食んでいるのが見える。

 森の外れに、ぼんやりと立つ目的の馬「Ricardo」を見つけると、斜め前から、脅かさぬよう名前を呼びながら、少しずつ近づいていく。

 彼はこちらに気づき、大きく頭を振るが、逃げるそぶりはない。

 (ニンジンは忘れたが、)手を差し出し、声を掛けながら、ゆっくりと近づく。近づくと、牧草そのものの様な甘い馬の香りがフワッと鼻孔をくすぐった。

ビロードのようになめらかな首筋を撫でながら、引き綱をゆっくりと首に掛ける。頃合いを見計らい、左手でたてがみをグッとつかむと、裸のまま飛び乗った。

彼はいやがることもなく、小道の方へと歩き出す。けれども、無口も頭絡もつけていないので、あっちを見たりこっちを見たりと方向が定まらない。背の上から手を伸ばし、時々馬の顔を前方に向けてやる。と、その時、何かに驚いたのか、この無礼ないたずら者を懲らしめてやろうと思ったのか、彼は不意に駆けだした。

不意打ちを喰らって、バランスを崩した私は、岩のゴロゴロした道の砂埃の中に落とされた。

落馬が日常化していた当時の私は、落ち方だけは上手だった(?)ので、どこをひどくぶつけるということもなく、苦笑いしながら、地面から体を起こした。

気を取り直して立ち上がると、髪やズボンの砂埃を手で払い落とした。

彼は道のちょっと先で、何事もなかったようにすまして立っていた。

 

 馬事公苑で馬運車と13時に待ち合わせ。

 牛を運んでいた箱トラックでハヤテを運ぶつもりが、私の詰めの甘さが祟って、ハヤテには箱の天井高が足りないということがわかり、急遽、引退馬協会さんに馬運車を紹介してもらった。

 予想以上に立派な馬運車とイグレットの素敵なドライバー田原さん。

 騎馬隊のハヤテの面倒を見ていた凛々しいおねえさんも、ハヤテとの別れに涙ぐむ。

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 小隊長さんが、ご好意で、乾草等の餌や馬で使う貴重な道具類をたくさんくださり、隊員さん達が馬運車に積んでくださった。

 

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 アクアラインを突っ走り、田舎の山道を田原さんと談笑しながらガタゴトと走り抜け、馬事公苑から2時間半で、鶏卵牧場に着いた。

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 最初は、やはり少し落ち着きがなかったが、思ったより早くリラックスしてくれたようだ。

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 出迎えのみんなが帰って、投光器一つの明かりで照らされた「牛舎3号」の馬小屋は、なんとなくイエス・キリストが、生まれた場所みたいな神々しい雰囲気になって、こっそりと一杯だけハヤテと祝杯をあげた。

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 ハヤテが馬小屋に落ち着くと、外に出て、牧場の夜空を眺めた。

 2月の星空は、どこまでも澄んでいて、透明で氷のように冷たい海の底に、無数の星々がひっそりと輝いていた。

 

 

 夜、老兵が、砂漠から見た地平線。

 そこには、星空を散りばめた黒い宇宙の水平線が、180°逆さまに、頭上に、無限に広がっていた。

 流砂の中の宇宙船は、永遠に飛ばないかもしれない。

 けれども、私の想いは、疾風と共に、どこまでも黒い水平線の向こうを夢見て飛んでいく。

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